不自然なくらい不自然

長年スポーツをしていてしかも最後の3年間は身体のみで戦う陸上競技に没頭していたからか、私は鍛えられた身体や巧みな身体運用に何とも言えない美しさを感じるたちであり、例えばマイケル・ジョーダンの豪快なスラムダンクウサイン・ボルトの天を駆くようなダッシュ、バレエダンサーのしなやかなジャンプなどをみては、はぁはぁ言っているが、一方で、普段の日常生活でもそういった他人の身体運用に目がいってしまい、しかし、日常生活でそんな素晴らしい身のこなしをする人間がいるわけなく、もっぱら「そらなんじゃらほい」て感じに不自然な身体運用に目がいってしまい、呆気にとられている。

 
例えば、花見のブルーシートの上で涅槃仏のように横になっているが、お釈迦さまのように脱力した状態にはなれず、どう見てもバランスをとるのに必死で、不自然に身体が硬直している上に顔までひきつってしまっているお兄さん。例えば、普通に手にもって歩いて登ればいいのに、何か威信をかけた戦いのように必死になりながら緩やかな坂をローラーボードっていうの?あれで登っていくお兄さんのひきつった右脚。例えば、電車に乗り遅れまいと、もしくは、信号を渡り切ろうと、一生懸命、手に荷物をいっぱい引っ提げて、必死の形相で、もがき苦しむようにバタバタと走るオバサンオジサン。高めのヒールを履いて、トレーニングかなんかみたいになってしまっているお姉さんの浮き上がったひらめ筋。などなど。腑に落ちん。
 
しかし、そのような不自然な身体運用のなかで、最たるものが、自転車の立ちこぎをしているお兄さんお姉さんであろう。
 
多くの場合、割と痩せているお兄さん、お姉さんが、多くの場合、さび付いたママチャリを、なんとなく肩をいからせた感じで、肘を右へ左へ交互に突き出すことでバランスをとりながら、全身全霊、全体重をかけて1ストロークストローク踏み出し、ぎぃぎぃ言わせて、強張らせた身体に鞭打っては、苦悶の表情を浮かべて、ゆっくり、ゆっくりと加速していく。
 
腑に落ちん。なぜ、いったいなぜ、彼らはあんなに必死になって加速するのか。普通にこいでいればいいものを、なぜ、不自然なまでに全身を強張らせながら自転車をこいでいるのか。そんなに急いで、どこに行くのだろう。お前はいったい何を生き急いでいるのだ...?
 
しかし、それ以上に腑に落ちん、というか、興味深いのが、そこまでして必死になって加速したと思ったら、突然こぐのをやめ、右ペダルと左ペダルを同じ高さに調節し、その結果、上体の位置も一段高くなるため腕をピンと伸ばし、何かから解放されたかのような爽やかな表情を浮かべているが、それでもやっぱり変な感じに硬直している彼の身体である。まるで「われわれは自由に向かって強制されている」というか、自由の学風と世間で言われるが故に、自由に行動しなければいけない、という観念に縛られているというか、そういう矛盾を孕んだ京大生のカリカチュアのようではないか...!!
 
腑に落ちん。全く説明がつかない。どうしたことか。と半ば絶望しかけていたところ、前方から、例の、よくいる感じな典型的な男子学生が立ちこぎをしてやってきて、例のごとく、一段と高い視点から私を見下すその目を見たとき、すべてに合点がいった。その目は「ははっ、愚民がこっちを見ている。が、しかし、ははっ。なんだあのアホ面は。なんも気にすることはないあんなアホ面のことだ、蚊程度の脳みそも持ち合わせていないに違いない。ははは。無視無視、蟲師だ。」と、言っていた。
 
なんだお前!俺を高いところから見下し、いい気分になるためにそんなことやってるんだな!?あぁいいよ。そっちがその気ならいいよ。やってやろうじゃないか。降りて来いよさぁやろうぜ。びびってんじゃねーぞ。こら。
 
なんてびびって言えるはずもなく、家に帰ってコタツに入ってくそぉぉ。と小さく叫び、寝ころびながら不自然な感じに身体をのけ反らせ机の上の水を飲もうと思ったら、背中がつって、あぁ!ってなった拍子に水をこぼした。